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『織田信長が好き!!』~龍華成の安土城文庫~
織田信長に対する愛を綴っております。 メインは500冊近くなってきた蔵書の紹介と、まだ見ぬ名作の探求です。 歴史を真面目に勉強したい方にはオススメ出来ません(笑)戦国史を楽しむ管理人のブログです。












ぶろぐ内探索

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佐々旅 in富山  その2



さて、佐々旅つづきです。


佐々堤から、今度は、一夜泊稲荷(成正大明神)へ
向かうことにしました。
新参だったけど、善政をしいてくれた佐々を偲んで、
地元の方々が奉ってくれたという成正大明神。
成政じゃなくて、成正なのは、佐々が肥後に行った後に
富山が前田の領地になったので、対前田家予防線(違
これがまた色々情報が出てくるんだけど、
佐々が病気になった時、夢にここの稲荷大明神が出て、
それで病気が治ったので信仰するようになった。
で、江戸になって佐々の遺徳を偲んでここのお稲荷さんを
成正稲荷と呼んで住民が信仰していた。
で、江戸のいつだかに、洪水でお宮が流されてしまい、
天保年間に前田の藩主が鷹狩りでこのあたりに来た時に、
佐々が信仰していたお稲荷さんがあった事を聞き、
成正大明神を祭神として、浄正社の名で再建。
お稲荷さんはどこ行った?と思わなくもないけど、
明治になって、泊の宮というお宮さんと合祀されて、
名前は一夜泊稲荷神社に変更。
で、合併後の浄正社の跡地にお堂が建てられて、
それは成正霊王社というらしい。
(今知った。しかも一夜泊のすぐ北じゃん・・・

itiyadomari.jpg
佐々堤から歩いてたぶん30分くらいかかると思います。
と云うのは、管理人お約束で、迷子になったため。
迷子と云うか、もう見えているのに、用水路を渡る
道が全然見つけられなくて、川まで降りてったり、
超大回りしたりして、結局1時間かかったのです。
なので、たぶん半分くらいで着けると思う。
ていうか、
いい大人なんだから、タクシーお願いすれば良いと思う。
途中、雨は横殴りで風は出てくるし、靴はびちょびちょ
身体の右半分は凍えてくるし、すれ違ったトラックの
風圧で差してたビニール傘が台風中継みたいになるしで
寒い。を通り越してちょっと笑えてくるくらい悲惨でした。
(いや、晴れてて気候も良ければかなり景色も良いと思いますよ。
それでも、
俺も歩いて行くぜ!という猛者の為に、ざっくり道案内。
佐々堤から川下にオレンジ色の大きな橋が見えます。
たしか、らいちょうおおはし(雷鳥大橋)です。
渡ります。
渡ると、道が右に大きくカーブしています。
そこを行ってしまうと管理人よろしく大回りですので、
橋を渡ってすぐの砂利道を右に入ると、
そのカーブしている道の下をくぐる車道に行けます。
車道を通ってカーブした道の高架下をくぐると、
用水路沿いの道に出ます。右手に用水路を渡る
小さな橋があります。渡った先に大きな桜の木と、
水神様の石碑があるので真っ直ぐ行くと、
2車線の比較的広い道に出ます。そこを左折。
すぐに赤い鳥居が見えてくると思います。
(管理人はお稲荷さんの裏手の道に出ちゃって、
 真剣に田んぼのあぜ道渡ろうかと思った(笑

で、
itiyadomari1.jpg
鳥居の奥に更に鳥居があって、この奥のお社が、
稲荷大明神&天照大神のお社です。
この鳥居をくぐってすぐ左が成正大明神の石碑。
narimasadaimyoujin.jpg
narimasadaimyoujin1.jpg
・・・・・注連縄貼ってあるけど、別に御神体じゃないよね?
(でも一応参拝した(笑


さすがに、これから50分歩いて戻る元気がなかったので、
帰り道はタクシーをお願いしました。
(富山から来てもらうより、立山から来てもらった方が近いらしいです。
 立山の協・・・何とかタクシーさんにお願いしました(忘れた・・・ごめん
 1500円弱で済むと思います。
タクシーの運転手さんによると、佐々堤の川を挟んだ向かい側の、
クリーンセンターという焼却場の煙突が展望台になっていて、
晴れた日には立山連峰から日本海まで綺麗に見渡せるそうです。
(今日はガスがかかって山すら見えませんでした(立山見たかった・・・涙
ただ、運転手さんとのお話しながら、3割くらい聞き取れなくて、
佐々は越中のご長老方とちゃんと会話できたのかなぁ・・・
などとぼんやり思いました(寒くてストーブ出したのと、お孫さんが生まれたばかりなのは分かった(笑


さて、
富山駅まで戻ってきまして、次は佐々成政剃髪阯碑です。

秀吉の天下とか無理。

と云うことで(違)本能寺後も戦い続けていた佐々ですが、
いよいよ秀吉に攻め込まれて、富山城を包囲されて降伏します。
その時、頭を丸めて、墨染めの衣を着て降伏の挨拶に行った
のですが、その頭を丸めたのが呉羽山のふもとの安養坊。
で、佐々切腹後、可哀そうにと思った地元の人が、
佐々の髪を埋めて塚を作ってくれたんだそうです。
下ろした髪を誰が残しておいてくれたか知りませんが、
佐々慕われてたんだなぁ。とちょっと涙が・・・
かと思いきや、安養坊地内の草むらで髪を剃っただけ。
みたいな話もあるんですが・・・(激しく前者希望

teihatu1.jpg
teihatu2.jpg
teihatu3.jpg

富山地鉄バスで民俗民芸村下車
または、富山ミュージアムバスの富山市民俗民芸村下車
で、歩いてすぐです。考古資料館のお向かい。
バスはどっちも1時間に1本です。
ミュージアムバスは、観光案内所でもらえる専用パンフレットにハンコを押してもらえば無料で乗れます。
普通に100円払えば乗れるらしいのですが、
管理人は乗ろうとしたら、運転手さんに
「そこのホテルのカウンターでパンフレット貰ってきて」
と云われて、慌てて取りに行きました(汗


そして、最後、富山城。
佐々孤軍奮闘の本拠地、富山城。
とは言っても、佐々が出てってから破却されてるし、
火災で焼失しているので現在のお城はコンクリート造りの
普通の資料館なのですが、あちこちのブログやらレポートで
佐々が噛んだ歯形がついた采配が展示されてる。
と読んだ記憶があったので行ってみた。
ら、
特別展示の前田家だらけで、采配のさの字も無かった・・・
・・・・・・これは何?
前田のせいで今展示されてないのか、
別に采配が常設展示な訳じゃないだけなのか、
それとも私の記憶違いなのか???
仕方がないので、
『富山城雪解清水』の浮世絵の乗ってた
特別展のパンフレットだけ買ってきました。
あ、あとさりげなく資料館の横に佐々の歌の石碑がありました。
hururamu.jpg
なんとなく佐々の歌はいつも切ない。


以上、佐々旅レポート。
お読み下さりありがとうございました。
今度はちゃんと、夏のお祭りに合わせて富山行きたいです。
早百合関連とか、鐘関連とかも面白そうなので。
では!

 
コメント
この記事へのコメント
佐々旅
雨のなかお疲れさまでございました。やはり龍華さんは佐々のことになると、なんとなく文章がウキウキしてるように思います(笑)やはり佐々愛??
富山とかなかなか行けるとこではないので、龍華さんがレポあげて下さると、こちらまで佐々旅に出てるみたいで楽しいです(^-^)
2012/10/19(金) 23:43:31 | URL | ちあき #-[ 編集]
う、うきうきですと!?
ちあきさんこんばんは!
思いだしにやにやしながら書いたので、
やはりそんな感じになってしまいましたか(笑
いつも前田の影に隠れてしまうあの佐々の為に石碑がある。
っていうのが、良く考えたら本当にありがたくて嬉しくて、じーんときました。
良かったね、果報者だね、佐々は。って思いながらの旅でした。

二日たったのに、筋肉痛が来ないのが非常に怖いです(滝汗
2012/10/20(土) 23:49:34 | URL | 龍華成(管理人) #-[ 編集]
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