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『織田信長が好き!!』~龍華成の安土城文庫~
織田信長に対する愛を綴っております。 メインは500冊近くなってきた蔵書の紹介と、まだ見ぬ名作の探求です。 歴史を真面目に勉強したい方にはオススメ出来ません(笑)戦国史を楽しむ管理人のブログです。












ぶろぐ内探索

高野山奥の院へお墓参り

高野山内で、殺生はまずかろう。
と、やぶ蚊にさされまくりました。龍華です。


と云う訳で、
高野山へ行ってきました。
SBCA0173.jpg
(分かりやすい写真がこれしかなかった・・・・


目的は、御屋形様のお墓参りです。
って云ったら、叩き出されそうな気もしますが(汗

高野山の奥の院に御屋形様の供養塔があります。
お墓と供養塔の違いがいまいち分からないのですが、
高野山HPでは供養塔となっておりました。
奥の院には他に織田関係だと、豊臣家墓所、光秀、勝家、森忠政、永姫、お江のお墓があり、
信玄公、謙信公、政宗やら三成、本多忠勝、榊原康正などなど、◎◎家墓所みたいのがそれこそ山のように並んでいます。

JR和歌山線の橋本駅から南海高野山線に乗り換えて、
終点極楽橋、直結のケーブルカーに乗って高野山駅着。
バスに乗って、奥の院前まで15分くらいです。
奥の院の一番奥が、弘法大師御廟で、その手前にある御廟橋の
そのまたすぐ手前に御屋形様のお墓があります。
SBCA0184.jpg
ちょっと参道からそれるので、丁寧に案内板あり。

SBCA0189.jpg
両隣りがどなたのお墓なのかは分からないのですが、
写真左端はちらっと見えてますが、筒井順慶のお墓です。
誰がいつ頃立てて下さったのかも不明。
音声ガイドを聞けば何か分かったかも知れませんが、
あまりに朝早く行き過ぎて、観光案内所も御廟の受付ですら開いていませんでした(汗

で、
SBCA0185.jpg
豊臣家墓所。(真ん中が秀吉かな?

SBCA0181.jpg
墓石の丸い部分が割れ割れで、
本能寺の上様とおそろいじゃないか!(嫉妬
と思った管理人の変態脳に合掌。

SBCA0177.jpg
仙千代ー!!と思わず叫んだ(心の中で(笑)
森兄弟の六男、森忠政。
のお墓があるとは思いもせず・・・立派なお墓でした(感涙

で、
ちょっと気になった、柴田のお墓。
SBCA0180.jpg
案内板には書いてあるのに、全然見つけられなくて苦労しました。
ちなみに、中の橋のすぐ手前の左側に入る道、入ってすぐです。
光って見えにくいですが、『柴田修理勝家』と書いてあります。
あるんですが、墓石には、
生國三州今者?紀州和哥山〇
松平右京助殿爲菩提也
柴?山勝英
大禅定門
施主御息〇宮敬白
寛永八?辛未二月十七日
(〇は読めなかった字、?それっぽいけど自信がない字)
と彫ってあったんですが、この文章のどの辺に柴田が?
お墓がこの隣にあと3つ並んでいるのですが、
それぞれ、三河の国の某さんと、酒井某さんのお墓が2つ。
その横に何故柴田が??
まあ、そんなこと云ったら、上様だってみっちーだって、
墓石にそれらしい文章なんか無かったんですけどね。
(筒井は筒井順慶って彫ってあった。秀吉は遠すぎて見えず、
 仙千代と三成は法名が彫ってありました)


なんてことをしていると、奥の院だけで軽く3時間はかかりますので、
行かれます際は、時間に余裕を持ってお出かけ下さい。


蛇足ですが、康清調べでついでに康正の仏像も折があれば
見るようにしているのですが、高野山の御影堂と六角経堂の
愛染、不動、釈迦如来が中に入れず、残念。
(霊宝館とかに展示してあるのかな・・・


メモ

高野山悉地院(しつじいん?)
毛利新助の弟、堯海盛存房が住す(住職じゃないよね
上様の護持僧として従軍
後に(江戸時代か?)無量光院に合併
墓石に六月二日と戒名と悉地院、と彫ってあるらしい。今度はちゃんと見てこよう。
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