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『織田信長が好き!!』~龍華成の安土城文庫~
織田信長に対する愛を綴っております。 メインは500冊近くなってきた蔵書の紹介と、まだ見ぬ名作の探求です。 歴史を真面目に勉強したい方にはオススメ出来ません(笑)戦国史を楽しむ管理人のブログです。












ぶろぐ内探索

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『怨親平等』 甲冑能「信長」



全国的に雪模様のようで、尾張でも雪が舞いました。
寒い。管理人お腹壊すフラグです。龍華です。


さて、
本日は、名古屋能楽堂で、甲冑能「信長」が
上演されると云うので、見に行って参りました。

201112171211000.jpg

名古屋能楽堂は名古屋城の真南にありますので、
ついでにおもてなし武将隊も見に行って参りました。
午前の演武が11時からで、お能の開場が12時だったので、
良いタイミングだな、と思っていそいそと名古屋城へ入場しました。

が、

信長公は午後の演武のみ出陣です。

の表示が・・・・・
ああああああああああああああorz
そんな頃、私は観劇中じゃないですか。
ついでって云ったのが悪かったの?
それか、やはり日ごろの行いが悪いのか?
(たぶん両方でしょう。
まあ、そんなこと言ったって、
目の前で寒い中一生懸命踊って下さっている
家康公や利家や、慶次や清正だけで十分楽しかったので、
201112171109001.jpg
ああ、ええもん見たv
と、思いながら能楽堂へ。
歌舞伎はいくらか見させて頂いてますが、
お能は初めてでした。
201112172153000.jpg
お能は武家のもの、歌舞伎は庶民のもの、
というイメージですが、難しかった・・・・・
というか、
台詞と地謡がまったく聞き取れませんでした。
基本的に空耳アワーな管理人ですが、
30年近く日本人をしているのに、ここまで聞き取れないとは思いませんでした。
全部あいうえおにしか聞こえない・・・・
作者の藤間勘十郎さんが、あまり難しい言葉は使っていないので、聞いて頂ければ分かると思いますよ。
と、仰っておられたのですが、それ以前の問題だ、自分(涙
と云う訳で、
パンフレットのあらすじより。

かつて信長公に仕えていた旅の僧が、
何かに導かれるように辿りついたのが比叡山。
旧主を偲んでいると、放下の若者が現われ、
僧の前で踊りを披露するが、何処ともなく消えてしまう。
夜も更け、僧がまどろんでいると、夢の中に一人の武者が現われる。
名を尋ねれば、信長であると云い、かつての戦の様子を語り始める。
叡山焼き討ちの件に差し掛かると、僧兵が現われ、刀を抜き放つ。
交戦ののち、僧兵は消えうせるが、残された信長は、
戦とは虚しきものだな、と世の無常を儚み、そして
旅の僧を残し、信長の姿も夜の闇に消えていった。

前半、御屋形様が放下の若者の姿で登場されるのですが、
放下とは、寺社で歌や踊りを披露する美少年。
という説明があったものですから、
勝手に、旅の僧は滝川一益で、かつての上様の
天女姿を思い出してるんだろうなぁ。と妄想しはじめたら、
なんだか旅の僧の視線がだんだん切なくなってきて、
最後、退場する信長公のあとを、追いかけようと
一歩踏み出しかけた旅の僧が、やはり思いとどまって、
公の後ろ姿をずっと見送っている場面では、
もう、泣きそうであぶなかったです。一益ーっ(違うちがう

ほんともう、聞き取れないからってやりたい放題でした。
すみません。もっと精進してから、またお能は見に行きたいと思います。


で、
午後の演武、どうかな、終わっちゃったかな?
と、思いながら名古屋城に戻ってみたら、
演武はちょうど終わってしまっていましたが、
その後の、武将との握手会に間にあいまして、
201112171458000.jpg
上様写真ゲッツ。ありがとうございます。
ファンの方から貰ったファンレターを、
襟元から甲冑の下へじりじりとしまっていたのが萌えました(笑

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