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『織田信長が好き!!』~龍華成の安土城文庫~
織田信長に対する愛を綴っております。 メインは500冊近くなってきた蔵書の紹介と、まだ見ぬ名作の探求です。 歴史を真面目に勉強したい方にはオススメ出来ません(笑)戦国史を楽しむ管理人のブログです。












ぶろぐ内探索

花見&康清の旅 その1


生きているうちに、やれることはやっとかなくっちゃぁ
いけねえよな。と、思って旅してきました。龍華です。
(色々自粛してなくてごめんなさい。
touji1.jpg


花見&康清の旅。
先週、京都へ。
今週、奈良、山梨へ行ってきました。

京都は、JR東海の『そうだ 京都、行こう』ポスターが素敵だったので、
東寺へ枝垂桜と、講堂の立体曼陀羅、金堂の薬師三尊を見に、
醍醐寺へ醍醐の花見ごっこをしに行ってきました。
一応、東寺金堂の薬師三尊像は、調べ中の仏師康清関連で、
同時期の仏師、康正の作品だと云うので見てみたかったのです。
(立体曼陀羅は完全に趣味です。帝釈天がイケメンとか云っても
 誰にも理解してもらえない気がします(汗)

醍醐寺はちょうど前日にヒストリアで醍醐の花見が
取り上げられていたので、久々に行ってみたくなったのです。
daigoji1.jpg
地震の影響で、豊太閤花見行列は中止になってしまっていた
ようですが、紅白の幕が参道沿いに張り巡らされていました。
ここの三宝院のお庭に、藤戸石という大きな石がありまして、
義昭の館を作る時に、細川さん家にあったこの石を、
御屋形様が指揮をとり、綾錦で包ませ、お囃子までつけて、
二条御所まで引かせた(信長公記・・・たしか2巻)
という、織田オタク垂涎の石なのであります。
実は、初めて行った時はそれを知らずにスルーしてしまった
ものですから、今回は綺麗なお庭そっちのけで、
石ばっかりじろじろ眺めて、妄想してきました。
が、縦長のおにぎりみたい。という感想しか浮かばなかった自分にはまったくがっかりでした(汗
で、
日も暮れかけてきたし、帰ろうかな、と、駅近くに掲示してあった
地図を見た管理人の目に、こんな文字が飛び込んできました。

明智光秀塚

塚?
と思って携帯で調べると、どうやら、小栗栖で刺された
みっちーの首は秀吉のとこへ持って行かれたけれど、
体は小栗栖で埋葬されたそうで、(誰が埋めてくれたのかな?
明智光秀胴塚。だそうな。
こんなところで遭遇しようとは!というか、小栗栖てこんな
南の方だったんだ!!という驚きの方が先に立ちました。
だって、坂本へ帰るんだったら、京都北回りでしょう!?
いや、勝手な思い込みなんですけれど、ともかく、
これも何かのご縁だろうと思って探してみることにしました。

が、

見つからない・・・・地図の印のあたりへ行ってもない。
1時間以上辺りをうろうろしてみたのですが、ない。
何でみっちーのためにこんな歩き回らにゃならんのじゃ、
と、逆恨みし始めた頃にやっと見つけました。
ここです。
SBCA0088.jpg

・・・・・どこ?って思いましたよね。
私も思いました。
SBCA00881.jpg
ここです。
正面から見るとこんな感じです。
SBCA0090.jpg
看板も、案内板も、矢印すらなく、ひっそりしすぎてて
何と云う不親切な塚かね!と思いました。
せめて矢印下さい。これは見逃す。
お参りに行きたいみっちーファンがきっと苦労する。
まわりの木がもっと成長したら見えなくなっちゃいますよ。
こんなとこへ来る方があるんだろうか、と思いつつ
お参りさせて頂きましたが、焼きプリンがお供えしてあったのが、
ほろっときました。
ちなみに、醍醐駅を出てしばらく北上。川を渡って、セブンイレブン→レンタカー屋さん→の、ななめ右道路向かい側です。
ここから1キロほど南下すると、刺された現場、「明智藪」
があるそうなのですが、100%迷子&遭難しそうだったので、
遠慮させて頂きました。女の子はひとりで行ってはいけないよ!


奈良・山梨は、御屋形様あんまり関係ないのですが、
その2につづく・・・。

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